映画『ソウルの春』が問い直す「権力の9時間」――韓国で1000万人を動員した現代史映画を日本からどう見るか

映画『ソウルの春』が問い直す「権力の9時間」――韓国で1000万人を動員した現代史映画を日本からどう見るか

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韓国社会が映画館で向き合った、1979年12月12日の夜

韓国映画『ソウルの春』(英題『12.12: THE DAY』)は、1979年12月12日に起きた軍事反乱を題材に、国家の行方を左右した一夜を描く歴史映画である。2023年に韓国で公開され、観客動員1000万人を突破した。韓国映画史上31作目の「千万映画」となり、興行面だけでなく、監督、脚本、演技、編集など幅広い部門で高い評価を受けた。

物語の出発点は、朴正熙大統領が銃撃され死亡した後、韓国全土に政治的な緊張が広がっていた時期だ。戒厳令が敷かれるなか、軍内部では次の主導権を誰が握るのかをめぐって対立が深まっていく。黄晸珉(ファン・ジョンミン)が演じる保安司令官チョン・ドゥグァンは、側近や軍内の人脈を動かし、自らの勢力による支配を固めようとする。一方、鄭雨盛(チョン・ウソン)が演じる首都警備司令官イ・テシンは、「軍は政治に介入すべきではない」という原則に立ち、反乱を阻止しようとする。

映画が描く時間は、12月12日午後7時ごろから翌13日午前4時ごろまでのおよそ9時間。それを141分の上映時間に凝縮している。観客が目にするのは、歴史の教科書に記される結論だけではない。電話一本への応答、部隊を動かす命令、上官への服従、責任回避、迷い、沈黙といった、一つ一つの判断が積み重なり、後戻りできない流れへ変わっていく過程だ。結末を知っている観客にも強い緊張を与えるのは、歴史が抽象的な「時代の動き」ではなく、その場にいた人間の選択によって形づくられることを前面に押し出しているからだ。

「12・12軍事反乱」とは何だったのか

日本の観客が作品を理解するには、背景となる韓国現代史を少し整理しておく必要がある。朴正熙政権は、経済成長を推進した一方、長期にわたる権威主義的な統治を続けた。1979年10月、朴大統領が側近によって殺害されると、韓国社会には政治的な空白が生じた。民主化への期待が高まる一方で、軍や政府の内部では権力をめぐる動きが活発になった。

そのさなかの1979年12月12日、全斗煥(チョン・ドゥファン)を中心とする軍内勢力が、軍首脳部の指揮系統を崩し、兵力を動員して実権を掌握した。韓国では一般に「12・12軍事反乱」と呼ばれる。翌1980年には軍部の政治支配がさらに強まり、市民が民主化を求めた光州で多数の犠牲者を出す事態へつながっていく。したがって12月12日の一夜は、軍内部だけの権力争いではなく、その後の韓国社会の進路を大きく変えた分岐点として記憶されている。

題名の「ソウルの春」は、朴大統領の死後から1980年にかけて、民主化への期待が広がった短い時期を指す歴史的な表現である。チェコスロバキアで改革運動が高まった「プラハの春」を連想させる言葉で、長い冬を越え、政治にも春が訪れるのではないかという希望が込められていた。しかし、その期待は軍部による権力掌握によって押し戻される。映画の題名には、訪れかけた春が奪われていくという皮肉と喪失感が重なっている。

韓国では、近現代史が現在の政治意識や世代間の記憶と密接につながっている。民主化を自ら経験した世代、学校教育や映画を通じて学んだ若い世代、当時を直接知らない海外の観客では、同じ場面の受け止め方も異なる。『ソウルの春』は、歴史上の固有名詞を並べるのではなく、組織が原則を失っていく瞬間をサスペンスとして見せることで、世代を超えて共有できる問いへと事件を開いている。

実名を避けながら、史実の核心に迫る映画的手法

作品は実際の事件を土台としているが、主要人物には実名をそのまま使っていない。チョン・ドゥグァンは全斗煥、イ・テシンは当時の首都警備司令官、張泰玩(チャン・テワン)をモデルにした人物だ。朴海俊(パク・ヘジュン)が演じるノ・テゴンも、事件に関与した実在人物を想起させる設定となっている。

名前を変更することには、映画が史料の映像化ではなく、史実を踏まえた劇映画であることを明確にする効果がある。人物の会話や細かな行動のすべてが記録として残っているわけではない以上、映画には脚色が避けられない。実名と架空名の間に一定の距離を置くことで、作り手は歴史的な大筋を保ちながら、複数の出来事や人物像を劇的な構成へ組み直すことができる。

ただし、名前が架空だからといって、作品の政治的、歴史的な意味まで曖昧になるわけではない。誰がどの実在人物をモデルにしているのかは、韓国の観客には比較的分かりやすい。むしろ実名の再現にとどまらず、「なぜ指揮系統は機能しなかったのか」「なぜ原則を守ろうとした側が孤立したのか」「組織の構成員はどの時点で流れにのみ込まれたのか」という構造的な問題に視線を向けやすくしている。

軍事用語や部隊配置に詳しくない観客でも追えるよう、対立の軸は明快に整理されている。一方には、非公式な人脈を使い、命令系統の外側から既成事実を作ろうとする勢力がいる。もう一方には、正規の指揮系統と軍の政治的中立を守ろうとする人物がいる。その間では、軍上層部が決断できず、国防相が十分な役割を果たせない状況が広がる。制度が存在していても、それを守る人が行動しなければ機能しないという現実が、刻々と変わる戦況を通して浮かび上がる。

黄晸珉と鄭雨盛、二つの「指揮官像」の衝突

物語の中心にいるのは、正反対の行動原理を持つ二人の指揮官だ。黄晸珉が演じるチョン・ドゥグァンは、肩書や命令だけでなく、人間関係、威圧、説得、虚偽を組み合わせて状況を支配しようとする。露骨な野心を見せながらも、周囲の弱点を読み取り、相手によって態度を変える。その姿は、単純な悪役というより、組織のほころびを利用して権力を拡大する人物として描かれる。

これに対するイ・テシンは、軍人としての原則と正規の命令系統を重視する。鄭雨盛の演技は、声高な英雄像を作るというより、時間と戦力が失われていくなかで孤立を深める指揮官の焦燥を表現する。彼が立ち向かう相手は反乱軍だけではない。責任を引き受けたくない上層部、様子見を続ける同僚、命令の正当性を判断できずに揺れる部下とも戦わなければならない。

李星民(イ・ソンミン)は陸軍参謀総長兼戒厳司令官チョン・サンホ、朴海俊は第9歩兵師団長ノ・テゴン、金成均(キム・ソンギュン)は陸軍本部憲兵監キム・ジュニョプを演じる。さらにチョン・マンシク、チョン・ヘイン、特別出演のイ・ジュニョクらが、指揮官や現場の軍人としてそれぞれ異なる立場を担う。登場人物は多いが、誰がどの命令に従い、どの人物との関係を優先するのかが緊張の源になる。

この構成を支えるのが編集だ。異なる司令部や部隊、地下壕、電話回線を行き来しながら、同じ時刻に何が起きているのかを積み重ねる。銃撃戦の規模だけで圧倒するのではなく、連絡がつながるか、命令が届くか、援軍が動くかという情報の差によって観客を引き込む。結果を知る歴史映画でありながら、リアルタイム型の政治・軍事サスペンスとして成立している点が、この作品の大きな特徴である。

「千万映画」が示した、韓国における劇場映画の公共性

韓国で「千万映画」という言葉は、単なる大ヒット以上の響きを持つ。観客動員が1000万人を超えた作品を指し、人口規模を考えれば、社会の幅広い層が同じ作品を見たことを示す象徴的な数字でもある。家族、友人、職場の同僚の間で感想が交わされ、映画の題材そのものが社会的な会話になる。『ソウルの春』が韓国映画史上31作目の千万映画となったことは、1979年の事件が過去の一項目ではなく、現在も強い関心を集めるテーマであることを示した。

ヒットの理由を、歴史への関心だけで説明することはできない。映画は政治的背景を知らなければ理解できない教材型の作品ではなく、「組織が乗っ取られる一夜」を描く娯楽性の高いドラマとして設計されている。権力を求める側の速度と、正規の手続きを守ろうとする側の遅れが対照的に描かれ、観客は焦燥や怒りを抱きながら展開を追うことになる。その感情的な強さが、歴史に詳しい層だけでなく若い観客にも届いたとみられる。

韓国映画では、現代史上の出来事を大規模な商業作品として描く流れが続いてきた。光州事件を背景にした『タクシー運転手 約束は海を越えて』のように、国家的な事件を個人の視点から捉え直し、多くの観客へ届けた作品もある。『ソウルの春』はその延長線上にありながら、市民の日常よりも軍中枢の意思決定に焦点を当てた点で異なる。歴史の被害を描くだけでなく、被害を生む権力構造がどのように成立したのかを追跡する映画だと言える。

動画配信サービスが定着し、映画館へ足を運ぶ理由が厳しく問われるなか、重い歴史映画が1000万人規模の観客を集めた意味も小さくない。大きな画面と音響を通じて緊迫した時間を共有し、その後に議論するという体験は、個人視聴とは異なる。韓国において劇場が、娯楽の場であると同時に社会的記憶を確認する場として機能していることを改めて印象づけた。

日本の観客にとっての意味――隣国の民主化を「遠い歴史」にしない

日本の観客にとって『ソウルの春』は、韓国の民主主義がどのような危機と犠牲を経て形づくられてきたのかを理解する入り口になる。現在の韓国は選挙による政権交代が定着し、市民による政治参加も活発だが、その姿だけを見ていると、軍が政治を左右した時代がそれほど遠くない過去だったことを見落としやすい。1979年は、日本では昭和54年に当たる。高度経済成長後の安定期という記憶を持つ日本と、軍事的緊張と民主化への期待が交錯していた韓国とでは、同じ時代でも社会の風景は大きく異なっていた。

日本にも、戦前の軍部による政治介入や、1936年の二・二六事件を扱った映画、ドラマ、小説がある。軍人が首都で兵力を動かし、政治の主導権を奪おうとする構図には、日本の観客が歴史的な類似を感じる部分があるだろう。ただし、両事件は時代背景、軍の制度、政治状況、結末が異なり、単純に重ねるべきではない。比較から得られるのは、軍事組織の政治化や非公式な人脈による指揮系統の侵食が、制度全体をどれほど急速に危機へ導くかという普遍的な視点である。

韓国映画やドラマの日本での受容という点でも、本作は注目に値する。日本では恋愛ドラマ、犯罪サスペンス、K-POPといった韓国コンテンツが広く親しまれる一方、作品に登場する政治史や民主化運動の背景は十分に共有されているとは限らない。『ソウルの春』のような作品を見ることで、『タクシー運転手』や光州事件を扱う作品、軍政期を背景にした物語が互いにどのようにつながるのかが見えやすくなる。韓国エンターテインメントの強さを、俳優や映像技術だけでなく、社会の記憶を大衆作品へ落とし込む制作力として捉える機会にもなる。

日韓関係を考えるうえでも、相手国の現代史に触れる意義は大きい。両国間では歴史認識が外交問題として語られがちだが、韓国社会が自国の権威主義体制や軍部支配をどう記憶し、どう批判的に検証しているかを知ることは、韓国政治の反応や市民意識を理解する助けになる。本作の資料だけから日本市場での具体的な興行成績や企業の動きを断定することはできないものの、日本の映画配給会社や動画配信事業者にとって、韓国の歴史作品を背景解説とともに届ける余地はある。スター俳優の人気だけに頼らず、時代背景を伝える上映企画やトークイベントなどが、作品理解を深める方法になり得る。

多数の映画賞が評価したのは、演技だけではない

『ソウルの春』は観客動員だけでなく、韓国内外の映画賞でも評価された。2023年の『CINE21』映画賞では鄭雨盛が今年の男性俳優に選ばれた。2024年の第22回ディレクターズ・カット・アワードでは、キム・ソンスが今年の監督賞を受賞し、ホン・インピョ、ホン・ウォンチャン、イ・ヨンジョン、キム・ソンスが脚本賞に選ばれた。

第60回百想芸術大賞では映画部門作品賞、キム・ソンスの映画部門大賞、黄晸珉の男性最優秀演技賞を獲得した。百想芸術大賞は、韓国のテレビ、映画、演劇を対象とする主要な総合芸術賞で、日本の読者にとっては、その年を代表する映像・舞台作品を横断的に顕彰する賞と考えると分かりやすい。第45回青龍映画賞でも最優秀作品賞、黄晸珉の主演男優賞、キム・サンボムの編集賞、最多観客賞を受賞した。

さらに、第17回アジア・フィルム・アワードではパク・フンが助演男優賞、キム・サンボムが編集賞を受賞。第33回釜日映画賞ではキム・ソンスが最優秀監督賞、鄭雨盛が主演男優賞、イ・ジュニョクが今年のスター賞に選ばれた。韓国映画評論家協会賞や釜山映画評論家協会賞、韓国映画製作者協会賞でも、監督、撮影、照明、音楽などが評価されている。

こうした受賞歴から見えてくるのは、本作が人気俳優を前面に出しただけのヒット作ではないということだ。複数の場所で同時進行する出来事を整理する脚本、夜間の軍施設や首都の緊張を伝える撮影と照明、情報戦の速度を作る編集、観客の不安を高める音楽が一体となっている。歴史上の結論を変えることはできない以上、作り手に求められるのは、「何が起きるか」ではなく「どうしてそこへ至ったのか」で観客を引きつける技術である。その総合力が、興行と批評の両面で認められた。

一日の事件を超えて残る、組織と責任への問い

『ソウルの春』が現在見るべき作品である理由は、1979年の韓国を学べるからだけではない。作品が描くのは、権力を求める人物の野心と同時に、それを止めるはずの制度が機能しなくなる過程だ。明確な命令を出さない上層部、責任を別の人物へ移そうとする幹部、勝ちそうな側へ傾く構成員、原則を守ろうとして孤立する現場。その一つ一つは、軍事組織に限らず、企業や行政を含む現代の組織にも通じる問題として見ることができる。

とりわけ重要なのは、「少数の悪人が歴史を変えた」という単純な説明に終わらない点だ。権力掌握を企てる中心人物がいても、周囲の服従、保身、誤算、沈黙がなければ計画は実行できない。逆に、制度を守ろうとする人物に正当性があっても、必要な支援と決断が伴わなければ敗れる。映画は、正しい原則を掲げることと、現実に制度を守り抜くことの間にある厳しい距離を示す。

今後注目すべきなのは、韓国映画が近現代史をどのような視点で再構成していくかだ。事件の再現から一歩進み、意思決定、情報、組織心理に焦点を当てる『ソウルの春』の成功は、歴史映画が若い世代や海外の観客に届く一つの方法を示した。過去を知っている観客には記憶の再点検を促し、知らない観客にはさらに調べるきっかけを与える。映画館を出た後も議論が続くこと自体が、歴史作品の社会的な役割である。

1979年12月12日の夜は、すでに終わった出来事である。しかし、制度は誰が守るのか、命令に従う責任と拒む責任をどう考えるのか、危機の際に人はどの時点で声を上げるべきなのかという問いには、過去形だけでは答えられない。『ソウルの春』は、韓国現代史の重大事件を描きながら、民主主義や組織の倫理が日々の選択によって支えられていることを、日本を含む現在の観客に突きつける作品である。

Source: Original Korean article - Trendy News Korea

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