安重根と伊藤博文暗殺を計画した独立運動家・禹徳淳 「密偵」疑惑めぐり評価分かれる

安重根と伊藤博文暗殺を計画した独立運動家・禹徳淳 「密偵」疑惑めぐり評価分かれる

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安重根とともにハルビン義挙を準備

韓国の独立運動家、禹徳淳(ウ・ドクスン、1880~1950年)は、安重根とともに1909年10月の伊藤博文暗殺計画を進めた人物だ。日本による韓国支配に抵抗した同志として知られる一方、2019年に韓国の公共放送KBSが放送した調査報道番組で、日本側の情報機関に協力した「密偵」だった可能性が指摘され、評価をめぐる議論が続いている。

禹徳淳は1880年、朝鮮半島中部の忠清北道・堤川で生まれた。若い頃はソウルの東大門付近で雑貨店を営み、愛国啓蒙団体の活動にも参加。1904年にロシア領ウラジオストクへ渡り、たばこを売って生計を立てながら、安重根や独立運動家の李範允らと知り合った。新聞『大東公報』の募金活動を担い、ロシア各地で学校を設立して青年を教育するなど、独立運動の基盤づくりにも携わった。

1908年夏には、安重根らと豆満江を渡り、朝鮮半島北東部の咸鏡道にあった日本軍の拠点を襲撃した。翌1909年春にはロシア領の煙秋で、安重根や金基烈らと、国のために命を懸ける決意を示す「断指同盟」を結んだとされる。指の一部を切り落として独立への誓いを示す行為は、当時の独立運動家たちの強い決意を象徴するものだった。

伊藤博文暗殺計画と投獄

1909年10月、禹徳淳は安重根、曺道先らと、韓国併合を進める日本の政治家・伊藤博文を暗殺する計画に加わった。一行は満州のハルビンへ向かい、伊藤の到着を待った。計画では、伊藤がどちらの駅に現れても実行できるよう、安重根がハルビン駅、禹徳淳が蔡家溝駅を担当した。

同月26日朝、伊藤一行を乗せた列車は蔡家溝駅を通過してハルビン駅に到着し、安重根が伊藤を銃撃した。禹徳淳も事件直後、同志たちとともにロシア警察に拘束され、その後、日本側に引き渡された。安重根とともに旅順で裁判を受け、1910年2月に懲役3年の判決を受けた。さらに、咸興刑務所からの脱獄事件に関連して刑期が2年延長され、1915年に釈放された。

出獄後はハルビンやチチハル、満州里などで教育・宗教活動に取り組み、独立運動組織にも参加した。1945年の日本敗戦後は、黒竜江省の韓人団体で委員長を務め、息子の大栄とともに、現地で避難生活を送る朝鮮人が故国へ帰還するための輸送を支援した。自身も帰国して大韓国民党の創党に加わったが、1950年9月26日、朝鮮戦争中に朝鮮人民軍によって殺害された。韓国政府は1962年、独立運動への功績をたたえ、建国勲章独立章を追叙した。

2019年のKBS報道が浮上させた「密偵」疑惑

禹徳淳の評価に疑問を投げかけたのが、韓国で三・一独立運動と大韓民国臨時政府樹立から100年に当たる2019年に放送されたKBSの調査報道番組『密偵』だ。取材班は8カ月にわたって日本の外務省・防衛省の機密文書や中国当局の公文書など約5万点を分析し、独立運動家を監視した疑いのある895人の実名を確認したと説明した。8月13日と20日に放送された2部構成の番組は、禹徳淳もその一人だと主張した。

番組が根拠として挙げたのは、禹徳淳が1920~30年代にハルビンやチチハルなどで朝鮮人会の主要幹部、あるいは会長を務めたことを示す日本側の文書だった。朝鮮人会は、日本の植民地支配下で朝鮮人社会を統制し、情報を集めるために設けられた親日団体とされる。KBSは、禹徳淳が日本の情報機関である特務機関と近い関係にあったことを示す資料も入手したとした。

番組で見解を示した原光大学の金周容教授は、朝鮮人会が利用した密偵が独立運動家を監視し、集めた情報が会長だった禹徳淳に集中していたと主張した。KBSの取材記者も、同会が2009年に韓国政府が刊行した親日反民族行為の真相究明報告書で、情報収集を本質的な機能とする露骨な親日団体と位置づけられていることを指摘し、その支部長が密偵ではなかった可能性は極めて低いとの見方を示した。

反論を支える資料も 満州時代の実像はなお論争

一方、禹徳淳を親日協力者と断定することには異論もある。朝鮮総督府警務局が1934年に作成した『外国の要注意朝鮮人名簿』には、禹徳淳について「濃厚な排日思想を持つ」と記され、警戒すべき人物として掲載されていた。1925年4月30日に日本総領事館から6175円を受け取ったとする記録も、KBSの番組より前に発見されていた。

安重根義士記念事業会の安重根研究所で責任研究員を務める申運用博士は、2010年に禹徳淳の親日協力の可能性を提起したものの、その後、日本統治期の文献を研究する中で見解を撤回した。申氏によると、当時の報道には、禹徳淳が日本の敗戦までチチハルの刑務所に収監されていたことが記されている。また、満州から帰還した朝鮮人で構成される東三省韓人協力会の会長も務めたが、当時の独立運動家が同氏を親日協力者として糾弾した文献は確認されていないという。申氏は論文で、こうした事実は禹徳淳が親日に傾いた人物とはみなせない根拠になると結論づけた。

朝鮮人会の会長や支部長を務めた経歴だけで、親日協力者と判断できるのかという問題も残る。韓国政府の親日反民族行為真相究明報告書の付録には、朝鮮人会の会長経験者が141人以上掲載されているが、その経歴を理由に親日反民族行為者の基準を満たしたとされたのは6人にとどまる。同報告書も、朝鮮人会の会長を務めたこと自体を密偵の分類基準とはしていない。

また、KBSは禹徳淳に関する論文を掲載した安重根義士記念事業会側には、別途問い合わせていなかった。韓国の国家報勲処は番組側の質問に対し、独立運動家の功績について全般的な調査を進めていると回答するにとどまった。日本側の文書に記された活動歴、刑務所への収監記録、独立運動家たちとの関係をどう評価するかによって見方が分かれており、1920年代以降の満州での行動をめぐる疑問は解消されていない。

映画やミュージカルにも登場

禹徳淳は、安重根によるハルビンでの伊藤博文暗殺を描いた映像作品や舞台作品にも登場してきた。映画『ドマ・安重根』(2004年)ではカン・ヒョンジュンが、映画『ハルビン』(2024年)ではパク・ジョンミンが禹徳淳を演じた。ミュージカル『英雄』でも、2009~11年にムン・ソンヒョク、2012年と2014年にファン・マンイク、2015年と2017年にチョン・ウィウクが同役を務めている。独立運動の同志として広く知られる人物である一方、その後の活動をめぐる歴史的評価は、今なお検証の対象となっている。

Source: Original Korean article - Trendy News Korea

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